【F.A.G】バラクーダ⑥

石油(オイル)みたいな虹色の視界の中、ゆっくりとステージ上へ足を進める。
同時に、暗闇の最前列から悲鳴と罵声が上がり、それが一瞬でフロア全体に伝播する。



続いて丈威、ペコの順でステージに上がる。
丈威は相変わらずイキがってトンがっているが、ペコの足元が少しおぼつかない。
それも無理はない。俺と同じくラッパラパー状態の筈のこの男は、さらにオールで二日酔いのチャンポンなのだ。まあ、いつも通りっちゃそうなんだが。



ステージに微かに照明が射す。バックには大きく『BARRACUDA』の文字。同時にフロアの声は一層大きくなる。まるで怒号だ。

俺は黒のテレキャスターを肩に掛ける。丈威が要塞の様なドラムセットを前に座り、ペコは死にそうな顔(ツラ)でウッドベースにもたれ掛かっている。

その様子を見て多少不安な気持ちになったが、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ペコは舌を出して目をひん剥き、『準備OK』のサインを出した。










「We are BARRACUDAッ!!」

殴りつける様にマイクに吠える。

丈威がスネアを軽快に刻みだす。

ペコはヨレヨレでフラフラのまま、何とかルートを弾き始める。

フロアの熱量が加速する中、俺は今まさに出来立てのリフをリズムに乗せ、これまた出来立ての、日本語じゃない、どの国の言葉でもない歌詞を喚き散らす。

目の前にはペットボトルや人間や、誰かの靴が飛び交っている。

俺達を見てノッているのは前列あたりの客だけで、後ろの辺りではあちらこちらで殴り合いが巻き起こっている。

「Let's go!!babyッ!!ハッハーァ!!」

丈威が笑い、狂喜のギアを上げる。
終いにはキックを足で蹴り鳴らすと、かわいそうなバスドラは、鈍い音を上げ、ぽっかりと大穴を開けておっ死(ち)んだ。



それでも構わず唄い、叫び、ギターを鳴らす。
空間全体が歪み、捻れ、自分の身体とそれ以外の境界線が曖昧になってゆく。






狂乱と快楽と眩暈の渦の中、ペコの方に目を向ける。
ウッドベースに突如現れたかに見えた、クリーム色の斑模様の『それ』は、どうやらヤツのゲロらしかった。