【F.A.G】バラクーダ⑧




【PM7:05 ライブ終了】





「うぇ~、こいつバカ汚ぇんやけど」

丈威は悪態をつきながら、それでも言葉とは裏腹に、汗とゲロにまみれたペコに肩を貸した。

「サイアク…サイアク…」

「こっちのセリフじゃ、ボケッ」

丈威が軽く頭を小突くと、ペコはギリギリ聞こえる程のボリュームで『ゴメン…』と呟いた。普段からそれくらい殊勝にしといて欲しいもんだ。

「取り敢えず着替えに戻ろうや。お前、ゲロ臭すぎ」

俺の言葉にペコは小さく頷き、丈威はやれやれ、といった感じに首を振った。





ペコの亀並みの速度に合わせて通路を歩いていると、突然『そいつ』は現れた。

いや、正確にはずっとそこに居たのだが、ある程度近付くまで俺達は誰もその存在に気付かなかったのだ。

肩ほどまで伸ばした黒髪と、青いチェック柄のワンピース。若い女だということはわかる。
小柄で、顔を伏せがちに置物みたいに立っているその女は、態度と存在感とは裏腹に、俺達の進路をばっちり塞いでいた。

「なん?お前、邪魔やけど」

丈威の声に女は顔を上げた。

能面みたいに起伏の少ない顔面に、ガキが適当に殴り書いたみたいな化粧。唇から覗いている二本の前歯は、一本の色が死んでいる。

つまり、あまりお目にかかれないレベルのブスってことだ。

「…私なのです」

「ん?何言いよると?」

「あなたには、私なのです」

訳がわからん、といった具合に首をかしげる丈威。

だが良く見ると女の顔は、丈威ではなく、その肩にこの世の終わりのような顔(ツラ)でもたれ掛かっているペコの方に向いていた。